about


初めまして。一般社団法人SUN&RICEの代表を務めております、新田綾子と申します。

令和元年9月の台風15号がきっかけとなりSUN&RICEを立ち上げました。

どうぞよろしくお願い致します。

農業と福祉に出会ったのは10年前の館山

私が初めて東京から千葉県館山市に移住したのは約10年前。

 

 『東京の自給率はわずか約1%』

 

それを知った時に、それならば自分で食べるものは自分の手で作れるようにならなければ!と思い、農業ができる館山市に小学生の息子と二人で引っ越しました。

 

まったく経験のなかった農業に取り組みましたが、もちろん分からないことだらけ。

 

地元の方々からは「東京から移住してきた親子が何やってるんだ?」という目で遠くから見られていたと思います。しかし毎日早朝から畑や田んぼに立つ私の姿を見て徐々に地域の方が声をかけてくれるようになりました。

そうじゃなくてこうした方がいい、それは〇〇さんに教えてもらうといい、と。

そして私が友人の田んぼの手伝いに行くと、そこで知り合った方が次は私のところに手伝いに来てくれたり、農機具を貸してくれたり。こうして地域の農家さんとも徐々に知り合い、助けられながら農業の知識を得てきました。

 

お金を払えば何でも手に入る便利な東京での生活に終止符を打ち、人とつながっていることで解決できる丁寧な田舎暮らしを館山でスタートさせました。

自分で育てた野菜やお米のおいしさ、自然の恵みやご近所からのお裾分け、助け合う心。

地域コミュニティーの素晴らしさを痛感しました。

 

そしてその頃、館山市で障がい者支援、という仕事に出会いました。ひとり一人の個性が強いがゆえに一見生きにくいように見える彼らの世界。しかし個々に合ったサポートができれば、障がい者と健常者も心を通わせることができることを実感しました。

 

例えば毎日同じルーティンをこなさなければ激しいパニックを起こしてしまうAさん。しかしそのルーティンを把握してひとつずつ一緒にこなせたら、穏やかに笑顔で過ごすことができます。

先天性の聴覚障がいを持つBさんとは一度も言葉を交わすことはできませんでした。しかし年に数回しかない家族との面会日には手を取り合って一緒に心から喜び合えたことが忘れられません。

それぞれ障がいの種類や重度は異なりますが、彼らの秘めた可能性に魅力を感じ福祉という仕事にのめり込んでいきました。

 

その後、他県でのグループホームの立ち上げのため、一旦館山を離れました。ほとんど福祉の経験がないまま、2年半の間にグループホーム3軒と就労継続支援施設1軒の立ち上げに奔走しました。

その後も障がい者支援施設、就労移行支援、高齢者のショートステイ介護、訪問ヘルパー、移動支援ヘルパーなど、様々な福祉の仕事に関わらせてもらいました。精神的にも体力的にもハードな仕事でしたが、その時の経験すべてが今の私の糧となっています。

館山で実現したい私の夢

館山を離れてからも、行く先々の庭先や敷地内を開墾して野菜を育てていました。障がい者のみんなは、私が朝早く畑の手入れをしていると様子を見に来てくれて、興味を持って手伝ってくれました。みんなと一緒に本格的に田んぼや畑作業ができたらいいのに。

それは彼らの仕事になるだけでなく、元気な地域の高齢者との共存になり子供たちの学びの場となる。さらには地域活性化、そして6次産業化まで広げられたら、そんな仕組みを作ることができたら、みんながイキイキと暮らせる町になるのではないか。そして館山にはそれができる全てが揃っている!毎日そんなことを考えていました。

 

その頃、私は社会福祉士の資格取得を目指して勉強しており、ある日の演習テーマは「地域社会福祉」でした。地域社会福祉とは、

 

『全ての人を排除せずに社会的に包み込み、共に生きることができる社会を目指し、地域で実践していくこと』

 

まさに私が毎日思い描いていた館山で実現したい夢、そのものでした。この時の胸の高ぶりは今もはっきりと覚えています。

夢の実現に向けて

そして私は去年の3月に再び館山に戻ってきました。『農業と福祉を連携させた地域社会福祉』を実現させるためです。子供もお年寄りも、障がいがあってもなくても、みんなが助けあいイキイキと暮らせる町を作りたい!そんな思いで戻ってきました。

 

そんな矢先の去年9月、館山市は台風15号に襲われました。

館山市の給食センターの屋根は飛ばされ、ガソリンスタンドの屋根は崩落。電柱は折れ曲がり、何日も停電・断水が続きました。そんな状況でも地域の人たちが災害に負けずに立ち上がる姿を目の当たりにして、私も地域のためにできることをしたい!という思いに駆られ、任意団体「SUN&RICE」を立ち上げました。

 

まずは瓦が吹き飛んでしまった家の屋根に張るブルーシートを留めるためのストッパーを障がい者の方たちと一緒に作り、南房総市社会福祉協議会に寄付しました。

現在は主に、被災後に大量に余ってしまったブルーシートを再利用して、有志で集まってくれた地域のママたちとバッグを作り販売しています。ブルーシートでバッグを作るというアイディアをくれたのも、SUN & RICEという名前を付けてくれたのも、バッグのデザインを考えてくれたのも、手伝うよと言ってくれたのも、販売協力してくれているのも、みんな地域で繋がっている仲間たちです。


私はこの台風15号で、地域の人々が繋がり、力を合わせて生きていく術を身に着ける重要性を強く感じました。『東京の食料自給率はわずか約1%』、ならば自分たちで作れるようになればいい。みんなで一緒に畑を耕せばいい。地域のみんなと一緒にそれができたならば、きっと未来は明るい。『農業と福祉を連携させた地域社会福祉』は必要不可欠だと実感しました。

SUN&RICEの今後のビジョン

現在館山市は少子高齢化、人口減少、農家不在、耕作放棄地増加、仕事不足、といったあらゆる問題を抱えています。しかし『農業と福祉を連携させた地域社会福祉』が実現できたらならこれらの問題も徐々に解決できると考えています。

 

SUN&RICEが社会的に信頼を得て、関わってくれる人を増やしながら地域との絆を強め、心も経済もみんなが潤う仕組みを作っていくためにもクラウドファンディングの力をお借りして法人化する必要があると考えました。そして、皆様のおかげでこの度無事法人化の登記申請が受理されました。

今後実現したいこと

1. ブルーシートバッグの製造、販売

エコバッグは障がい者施設(就労継続支援B型作業所)の利用者さんに作ってもらい、工賃を払っています。厚手の防水タイプのシリーズは有志で集まってくれた地域のママさん達が作ってくれています。災害後の行き場を失ったブルーシートがなくなるまで、これを続けていきます。

 

2. SUN&RICEを一般社団法人として正式に登記

障がい者の就労支援施設から施設外就労を受け入れて障がい者の方たちと一緒に農業に取り組みます。すべて無農薬畑での野菜づくり・田んぼでのお米づくりなどのお手伝いをしてもらいます。私が管理している1反4畝の田んぼには今年もお米が生育中。(来年からもう1反増やす予定)お米や野菜を販売することでSUN&RICEの収益とし、工賃を生み出します。

 

3. 収穫した作物で、加工品を作る

野菜で漬物、果樹でジャム、大豆から味噌といった6次産業化の仕組みを作ります。障がい者の方だけでなく、知識や経験のある年配者やママたちなど地域の方々にも関わってもらい、継続することで仕事が少ない地方都市に雇用を生み出せると考えています。

 

4. 体験農園受け入れ態勢を整える

都市部から館山に来てもらうことで館山の良さを知ってもらい、ゆくゆくは新規就農者や移住者が増えると考えています。社会福祉士の知識を活かし、行政との橋渡しをしていくのがSUN&RICEの役割だと思っています。

みんなのSUN&RICEになるように

毎日のルーティンがSUN&RICE。

育児に行き詰まったからちょっとSUN&RICEに。

孫に会えなくて寂しくなったからSUN&RICEに。

土に触れたくなったからSUN&RICEに。

誰かにおせっかいをやきたくなったからSUN&RICEに。

 

SUN&RICEが地域のそんな存在になったら嬉しいなと思っています。

誰もが気軽にいつでも集えるようなそんなSUN&RICEを目指します。

 

台風15号の被災直後は私自身も悲しいことや悔しいことがありよく泣いていました。

声が出なくなってしまった時期もありました。しかし私の想いを感じてくれた仲間達は、優しく声をかけてくれたり、マッサージしてくれたり、アイデアをくれたり、人脈を繋いでくれたりしました。

私ひとりではここまでできませんでした。

 

だからこれからは、SUN&RICEがそういう存在になれたらいいなと思っています。

 

合言葉は【みんなのSUN & RICE】となるように。